現代日本のヒューマニズム

 現代日本のヒューマニズムは一つの動き[#「動き」に傍点]であり、まだ限定を有たぬものであり、従って今遽かに限定すべからざるものだというのが日本の文学者達の常識であるようだ(例、窪川鶴次郎氏・阿部知二氏・又他大勢)。(岡邦雄氏は初めヒューマニズムを社会主義的リアリズムに限定すべきであるとなし、最近で...

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人間性の恢復ということ

さてそこで第二のメシヤとして現われたものがヒューマニズムなのである。之は前に云ったようにルネサンス以来の権威ある旧約に応うものであった。人間性の恢復ということがその予言であった。恰も日本は、今ではもはや何人も疑えないような形で「ファッショ化」の過程(日本型に特有な持久性を有つ処の)を刻々に辿りつつあ...

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「マルクス主義思想の退潮」

 であるから「マルクス主義思想の退潮」は、唯物論的世界観の独自の生長を伴わずに、之を一つの常識的な平板に退化させて了った。マルクス主義の退潮が唯物論の退化をまで結果した。文化人は物質というもののもつ哲学的な又文学的な観念を知らずに、フラフラとマルクス主義を「卒業」(?)した。詩人は物質[#「物質」に...

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