三木は立派な一個の文章家である

 三木は立派な一個の文章家である。その文章は非常に整っているし、文献上の連想を伴いながら、概念を使っているから見る者が見れば含蓄も多い。だがそれにも拘らず多くの文章がレトリックに堕しているとも云うことが出来よう。と云うのは彼の書き方には普通の意味での論理的な関節がないのである。最初にやや神秘的な、人の心を惹きそうな、整った形のテーゼが、突如として掲げられる。後はそのテーゼの説明であり納得づけにすぎない。之は科学的論文というよりも文学的な記述に近い。この点文章家としての三木の強みでもあり又弱みでもあるだろう。強みと云えば、この渾然たるスタイルは、前に云った観念の通俗性と相俟って、一種の大衆性を有つということだ。とに角一通り読み過ごすことによって読者を尤もに思わせ、納得させ、その気にならせる力を有っていることだ。名調子なのである。だがこの名調子にいつとはなくやきが回ると、もはや我慢のならぬマンネリズムとなる。レトリシャンにはマンネリズムはつきものだからである。このマンネリズムを破るものとして、最近西田哲学の語法などが、チョイチョイ這入って来るが、之亦同じ理由から気をつけねばならぬ症状ではないかと思う。 三木清はであるから分析家というよりも寧ろ主張家と云うべきだろう。これが思想家として俗受けする要点にはなっている。事実時々、いいイデーが主張される。そしてただの野蛮な主張家と異って、その主張には一つ一つ特色づけが用意されているのだ。そうでないと予言者になって了う処だが、ただの予言者になって了わない処が彼の学究的[#「学究的」に傍点]資質のある所以である。この歴史哲学者は全く本来の学者の質であるらしい。そういう点から見ると、もはや主張家だと云って了うことも出来ないようだ。彼は分析家でもなく主張家でもない、要するに解釈家だったのである。 解釈家は今日の学究なるものの大部分をなしている。ジャーナリストには案外分析家が多いが、之に反して学究には案外分析家が少ない。多いのが解釈家である。解釈家は文献が主な相手であって文献をいじくり回すことが学究の主な仕事であるのは、どこの国でも大差ない処だろう。三木はそういう解釈家であり、学究であることをその本質としている。事実彼の評論家としての腕はその大きな解釈能力にも拘らず、光ってはいない。特に時評になると三木の良い処は少しも出ないで、凡庸で気が抜けている退屈なものとなる。彼は時評家でなくその限り評論家ではない。実は思想の学究[#「思想の学究」に傍点]という意味で、正に哲学者[#「哲学者」に傍点]と云った方が正しいだろう。この点は先にも云った彼の文体にも現われているので、その文章は事物の刻々のアクチュアリティーを捉えるには、何かお上品に過ぎたり間が抜けていたりして、鈍いのである。もし三木清が詩を書くなら、恐らくクラシシズムの詩しか書かないだろう(詩集の原稿があったそうだが、どこか見えなくなったという。私は学生時代の作品を四五行読んだことはある)。

— posted by id at 02:52 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1629 sec.

http://d-hyperb.com/