「マルクス主義思想の退潮」

 であるから「マルクス主義思想の退潮」は、唯物論的世界観の独自の生長を伴わずに、之を一つの常識的な平板に退化させて了った。マルクス主義の退潮が唯物論の退化をまで結果した。文化人は物質というもののもつ哲学的な又文学的な観念を知らずに、フラフラとマルクス主義を「卒業」(?)した。詩人は物質[#「物質」に傍点]の語るものを聞き取ることを知らずに過ぎた。かくてマルクス主義的常識[#「常識」に傍点]は、その常識的普及は、却って思想上の真空を造り出したのである。そこではこの常識を無視出来るような何か新しい思想上の意匠が待ち設けられる。ここにマルクス主義思想の退潮なるものの、秘密があるのである。 常識はそれが平板化されれば平板化される程、先取権をもつものであるから、之は民衆の観念上の抵抗力となる事が出来る。現に平板なマルクス主義的常識と雖も、大衆の日常利害に直接する日常的な社会常識としては絶大な社会的抵抗力を与えている。これがなければ現在の無産大衆の組合も政党もあり得ない。だが夫にも拘らず、文化上[#「文化上」に傍点]の問題として云えば、平板な常識のもつ抵抗力は要するに消極的なものに他ならない。そこで何かの新しい思想上の意匠がつまり何かの積極的[#「積極的」に傍点]な思想原理となる。文化上に於ける思想形象の真空状態はそこで、何らかの新しい思想[#「思想」に傍点]をば積極的な指導力をもつものとして待望する。だが救世主が待望される時は、限りなく色々の群小自称クリストスが現われる時だ。油そそがれたる者の出現の姿は、決してインチキ宗教には限らない。 まず、日本に於ける行動主義が思想上に於けるメシヤの第一号であった。イエスが単にメシヤの一人に過ぎなかったように、日本的行動主義もメシヤでなかったのではない。併し残念なことにはこのメシヤは充分に権威のある旧約を用意していなかった。それにもっと悪いことには行動主義はかつてムッソリーニの下に文部大臣をつとめたジェンティーレの行動主義(Aktivismus)と現実的に紛らわしかったばかりでなく、ナチス哲学の部分品の一つであるフィヒテの純ゲルマン的な事行[#「事行」に傍点](Tathandlung)とどう絶縁したものかも判らないものだった。尤も行動主義という文学運動は単に一種の創作技法のことであったらしく、一つの抽象的な(時にエロティックな)文学上の意欲の提唱に他ならなかったが。 日本行動主義が思想上の積極性を有ったということは、先程の説明からすれば当然のことだった。之は当然のことだったから褒めることも貶なすことも出来ない。だが注意すべき点は、それが想定したマルクス主義的常識に対して、その抵抗力を強める代りに却って多少とも之を弱める方向に働く可能性をば著しく有っていたということにある。抵抗力を刺激して、平板なものを強力なものにまで高める筈であったこの積極的新思想は、実際の態度としてはそういう役割はいつかすっかり忘れて了ったようだ。

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