三木は立派な一個の文章家である

 三木は立派な一個の文章家である。その文章は非常に整っているし、文献上の連想を伴いながら、概念を使っているから見る者が見れば含蓄も多い。だがそれにも拘らず多くの文章がレトリックに堕しているとも云うことが出来よう。と云うのは彼の書き方には普通の意味での論理的な関節がないのである。最初にやや神秘的な、人...

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一人の烱眼な歴史哲学者

 だがこの転向は必ずしも三木の保身上のアダプテーションの結果ばかりではない。この転向の可能性はプロ科時代の宗教論の内にすでに現われていた。それというのも彼はあくまで歴史哲学者であったので、初めからマルクス主義者などになったことはなかったのである。彼がマルクス主義=唯物史観に接近したのは単に一人の烱眼...

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三木哲学

 三木哲学はマルクス主義に哲学的基礎を与えると称して、例の基礎経験(之はディルタイから借りた言葉である)というものを回る人間学を持ち出したが、それも実は歴史哲学の一つの亜種としてであったのである。三木哲学という近代的な歴史哲学[#「歴史哲学」に傍点]が、初めからマルクス主義でなかったことは、今にして...

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